子供ならタンポポの綿毛に息を吹きかけて飛ばす遊びを、誰に教わらなくても知っています。そこで、綿毛はひとつひとつがタネであり、タンポポは凰でタネが運ばれる風媒花というんだよ、「風」というのは「ふう」とよむんだよ、と手間を省かずちゃんと書いて教えてやってください。タンポポの葉は冬には地面に葉をぺったりとつけて太陽の光をいっぱいに浴びるようになっています。これをロゼットと言います。これは4年生・5年生の理科で出てきますが、4・5年生の単語だと決めつけることが如何なものかと思うわけです。3回、4回と言ってやれば幼児は自然と覚えますが、これを「先取り教育」とは呼びたくないのです。手作りの教育というものなのです。たくさん手をかけられて育った子供を名門幼稚園はほしがりますが、それを間違った姿勢だと思いません。タンポポは花を軸にして、葉を何枚も十二単のように重ね最後に松葉でとめて、人形を作ることができます。そんなものが食卓に載ったとき、子供は豊かな気持ちになるでしょう。指輪や時計をタンポポでつくることもできます。茎を指で割くこと、茎の端を結ぶことなど、楽しんで覚えさせることが大事です。小学校入試ではリボン結びや片結びが出題されますが、普通に遊んでいれば普通にできることだと、名門小学校・幼稚園は考えています。
渋谷を根城としていたヤマンバたちのもう1つの出現場所が、マツモトキヨシなどのドラッグストアだ。ドラッグストアが台頭するまで、化粧品を買える場所は百貨店、町の化粧品店、スーパーマーケット、薬局・薬店だけだった。しかし百貨店で売っている商品は高価すぎるし、町中の化粧品店は年配客が多く、女子高生には敷居が高い。スーパーは入りやすくても化粧品の種類が少なく、薬局は製薬メーカーの商品が中心でやはり品揃えに満足できない。ドラッグストアは、化粧品を買おうにも行き場がない高校生に門戸を開いて、化粧品ワールドへと誘った。現在のドラッグストアには中学生の姿も目立つ。化粧の低年齢化を後押ししたのは、ドラッグストアと100円ショップといってもいい。この低年齢化現象はさらに進み、化粧の開始時期は中学生から小学生へとシフトしている。この流れを作ったのは、化粧品関連の店やメーカーではない。玩具メーカーだ。
葬送は親族、地域社会の共同行事であったものが、それらの人たちをお客様にしての葬儀社に委託して行われるものになった。総じて、高度経済成長期に葬儀は、それ以前の「手触りの葬式」から抜け出し、いわば儀礼として純化され、新しいものになった印象がある。葬儀でのマナーについてうるさくいわれるようになり、儀礼化することによって祭壇は巨大化し、一般の人でさえ戒名に「○○院」といった院号をつけることもこの時代に発生し、定着することになった。戦中、および戦後しばらくの間は、充分に死者を送ることができなかった。生活が安定する一九六〇年代以降、葬儀の華美な演出が進んだのは、そのときの悔しさが背景となったのだろう。「死者を立派に送りたい」「せめて人並みに送りたい」という気持ちが、そういう傾向に拍車をかけた。墓に家紋を彫ること、葬儀会場の入り口の門に家紋を飾ることも、高度経済成長期に始まった習慣である。「家」というものが強調されるようになったのだ。